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私は、常々スタッフに対して「タヒボNFD」を飲まれているお客様には、身内だと思って接するようにと言ってきました。
しかし、そう言ってきた私自身、お客様の体の状態を見て、私が信じている情報をはっきりと言わない方がいいと思ったり、信じている情報を伝えなかったりしたことがありました。
今回、こうしたお話をなぜするようになったのか。私がスタッフに言っていたことが実践できていなかった事、考え方を改めさせられるような出来事が起きたのでお伝えしたいと思います。
私がスタッフに対して指示していたことが、実際に私がその場に直面したときにできなかった。これは私の反省と同時に気づかせてくれた事についてのお話です。
その出来事とは、今年の3月のことです。
今まで「タヒボNFD」を飲まれていた知人の谷田さんが大きな交通事故にあわれた事が発端です。
私は谷田さんが事故にあった知らせを聞いて、早速、病院にお見舞いに伺いました。谷田さんの病室でお目にかかりましたが、何と首の骨が折れ、体が動かないという状態でした。元気だったころの谷田さんとは大違いで、まるで面影も無く、目を疑いました。
頭の中も出血していたらしくて手術を行いましたが、絶対安静で腕に全く力が入らなかった状態だったのです。しかも1週間、昏睡状態で本当にあぶなかったそうです。よく生還したものだと本当にうれしかったことを覚えています。
頭の内の出血もひどかったため、谷田さんの言葉は聞き取りにくく、一生懸命聞かないとわからない状態でした。それほどひどかったんです。
私はそうした状態を目の当たりにして『助かって良かったですよ』といい続けることしかできませんでした。谷田さんは現実に目の前で事故から生還され、奇跡的に生きている姿を見ていると、命ある限り、可能性は絶対あると思ったからです。薬も色々な種類のものを数多く服用していました。
それから2ヵ月後の5月になった時のことです。
まだ握力は回復していないものの、スプーンを持てるまでには回復しました。それと同時に今まで動かすことができなかった体も少しずつですが動かせるようになりました。
そんな矢先です。
また手術をしなければならないと医師から告げられたのです。
折角、回復する兆候が見えてきたのにまた手術。どんなに落胆したことでしょう。
しかも手術するとまた一からリハビリです。
しかし、医者からは手術をしないとこれ以上は良くならないと言われたそうです。手術は、頭の中の手術ですから谷田さんは不安とまた最初の状態に戻る苛立ちとでどこにこの苛立ちをぶつけたらいいかわからない状態でした。
私がお見舞いに伺ったのは、谷田さんが再手術を受けるかどうか悩まれている時でした。
何日も何日も悩まれたそうです。
その日は奥様と祖母様がいらっしゃっていました。谷田さんのいらだっている状態がいつになったらおさまるのやらと、大変困った顔で私に教えてくださいました。
谷田さんがいらだって、『手術がもし失敗して誰が面倒見てくれるねん』という言葉を突然話されました。無理もないと思います。先行き不安だらけです。もう2ヶ月も入院しているんです。やっとスプーンが持てる状態に回復したのに、また手術。
すると祖母様は谷田さんに『私たちがいるでしょ。どんな状況になっても私たちがいるじゃない』ととても強い口調でおっしゃっていました。
『なんで私達を信じれないの』と何度もおっしゃっていました。
その強い口調は、誰が聞いても愛情のある言葉でした。
本当に真実がこもり、感動させられる言葉でした。
それから30分ぐらいしてから私と二人で車椅子で病院の喫茶店に行きました。
とてもこの先誰が面倒を見てくれるなどの不安な事などを教えてくれましたが、奥様、祖母様の話を聞いたあとだったので、そんな心配はいらないと思いましたので、『そんな心配全然いらないじゃないですか。あれだけ言ってくれるのは真実ですよ。』と私もなんとか手術をしてもらえるように言いました。
すると谷田さんは、最後には手術をすると言って下さいましたので、ほっと一安心しました。
それから私は、「タヒボNFD」も勧めようと考えました。
しかし、手術を前にこんなことを勧めてもいいものかどうか、正直悩みました。その結果、勧めることができませんでした。
私がスタッフに言っていたことができなかったのです。
なによりも谷田さんは「タヒボNFD」の愛飲者でした。その方に「タヒボNFD」を勧めることができませんでした。
それでよかったのか?
この件は私の中で大きな疑問符とともに尾を引きました。
手術は6月に成功しました。本当に良かったです。
不安を乗り越え、決心をして臨んだ手術が成功しました。
不安を抱えながら手術台に向かう気持ちはどうでしたでしょうか。
私はそのことを思うと谷田さんは立派だと思いました。
そんな谷田さんから、9月初旬に連絡がありました。
なんと私の家の近所の病院に移ったという事だったのです。
もちろん病院へお見舞いに行きました
病院に行くと体も5月の時より動いていて、首を固定しているものも外れていたのです。すごい回復力だと思いました。事故当初の悲惨な状態を知っているのでとてもほっとしました。
入院してから1週間は昏睡状態、続く脳の手術、リハビリでスプーンが動かせるようになったのに再手術。
そして目の前に谷田さんが元気でおられる。素晴らしい回復力です。
本当に私はうれしかったです。奥様や祖母様の看病のおかげだと思いました。
さて私は谷田さんが事故に会われてから「タヒボNFD」を心のそこから勧めるかどうか本当に迷っていました。事故当初は、いろんな薬を飲まれていました。
少しよくなった時に、また頭の手術をして何も体が動かない状態に戻るという事も知っていました。
そのような状況を聞いていたので飲まないよりかは飲んだ方がいいですよと言う事ぐらいしか言えませんでした。
しかし、今回谷田さんから色々お話を聞くと『あとはリハビリをどんどんして、完全復帰に向けて頑張るだけ』とおっしゃっていました。
ビタミン剤などを病院からもらっているということも聞いたので私は、それだったら「タヒボNFD」を飲んでもらたいと心の底から思いました。そこで初めて真剣に勧めました。
そしたらあっさり飲んでみようかなと言ってくれたのです。
谷田さんに「タヒボNFD」を勧めてすんなりご了承してくれた時に感じた事は、もっと早くに勧めたらよかったと思いました。
なぜなら、谷田さんご自身から本当になんとかしたいという思いをとても強く感じたからです。
私は心の中で今までなんでもっと勧めなかったんやろと思いました。
私が心の底から「タヒボNFD」を勧めることを今まで言えなかったのは、どこかで嫌われたらどないしようとか思っていたのではと思いました。身内だったらもっと強く事故に会った当初、意識あったときから絶対に飲んでもらっていると思いました。
これは私の弱さかもしれません。
あるいは自分が勝手に「谷田さんには今は必要ない」と思い込んで決め付けていたのかもしれません。実はそうではなかったのです。
今回、谷田さんと接してきて感じた事は、相手の事を思うならなおさら確信できる情報は、人からどう思われようがはっきり伝えることだと思いました。自分で決め付けたり、思い込んではいけないんだと心から感じました。
そうすることにより「タヒボNFD」を飲む機会を奪ってしまっていたかもしれません。今まで身内だったらどうするかを常に言ってきた私が、どんな状況であれ言えなかったのが大きなフィードバッグでした。
日ごろ言ってきたことが実践できてないと思われても仕方がないような出来事でしたが、スタッフ全員に谷田さんとの経緯と感じたことを話しました。
今回の出来事は、人にどのように思われようが自分が信じた事を言う勇気は、後悔しない為にもとても大事だとあらためて感じました。
そんな出来事が私にとって大きな気付きをくれました。
坂井 正典 |